※この文章は、プラトン『ソクラテスの弁明』を元にした創作的再構成です。
一部に現代的表現を含みますが、核心部分は史実に基づいています。
なのでかなり読みやすい記事になっています。
10分間でソクラテスの弁明を味わえます。
第一部は背景知識とソクラテスの人柄が分かるのでまずは、
そちらを先に読んでくださると
この記事をより楽しめると思います。
目次
- 第1章:裁かれる哲学者
- 第2章:ソクラテスの弁明が始まる
- 第3章:メレトスとの直接対決 ―
- ☕️ COFFEE BREAK! ☕️
- 第4章:ソクラテスの弁明は止まらない
- 第5章:一度目の判決
- 第6章:死すら恐れぬ覚悟 ― それでも、信念は曲げない
- 第7章:ソクラテスの最期の弁明
- 最終章:そして現代を生きる私たちへ ― ソクラテスからの問いかけ
第1章:裁かれる哲学者
アテネの法廷に、一人の老人が立っていた。
その名は――ソクラテス
彼の年齢はもうすぐ70。
けれどその目は、まだ静かに燃えていた。
目の前には、三人の男が並んでいる。
詩人メレトス、政治家アニュトス、弁論家リュコン。
彼らが今日、ソクラテスを裁きに引きずり出した張本人だった。
訴えの内容は、ざっくり言えばこうだ。
「ソクラテスは、若者に悪いことを教えこみ、若者を堕落させている。」
「伝統的な神々を敬わず、新しい神霊的なものを信じている。」
この男は”まともじゃない”し、
“市民にとって有害”だと、そう言いたいのだ。
法廷には、500人の市民陪審員が詰めかけていた。
彼らが今日、この老人の「運命」を決める。
詩人メレトスは、
話術巧みに人々を容易く引き込んだ。
場の空気は、
ソクラテスを「危険人物」としてみなし、
人々の心はすでに閉ざされていた。
だが、そんな中で――
ソクラテスは立ち上がる。
弁護士もいない。派手な演出もない。
ただ、自分の口で、自分の信じることを語るために。
静かに、しかし確かに。
彼の”弁明”が、今ここから始まろうとしていた。
第2章:ソクラテスの弁明が始まる
アテナイ市民の皆さん、告発人たちの言葉にどのような印象を受けましたか?
私は彼らの巧みな話術にほとんど自分を見失うほどでした。
しかし、彼らの言葉には真実がほとんどありませんでした。特に私が弁が建つという主張は、あなた方がまもなく知るように、
全くの偽りです。私は飾り立てた言葉ではなく、
偶然に口に浮かんだ言葉で真実を語ります。私の弁明を聞く際には、言葉の美しさではなく、
その真実のみを判断してください。
まず、今私が責められている理由
――その多くは、実のところ”ただの噂”なのです。
ソクラテスは静かに語り始めました。
相手に響きづらくても、飾らずに真実を語る。
彼の言葉には、そんな信念が込められていました。
でも――ここで立ちはだかるのが、「噂の壁」です。
人は、一度信じ込んだ話をなかなか手放せません。
何年もかけて刷り込まれたイメージは、事実よりも強く残ります。
ソクラテスのことも、「変なことを教えて若者を堕落させている」
といった話が広まっていました。
でも彼はそれに対し、こんな弁明をします。
私は若者たちに”何かを教えた”わけではない。
ただ一緒に問い続けただけです。
なのに、彼らが私を真似て、大人たちに鋭い質問を
ぶつけたことで、
周囲の人々は不快に感じた。
それで私は、悪い影響を与えたと誤解されてしまったのです。
ソクラテスが今、法廷で立ち向かっているのは、
ただの告発ではありません。
それは、「思い込み」と「噂」が生んだ巨大な偏見。
彼はその壁に、真正面から立ち向かおうとしていました。
武器はたった一つ
――真実という名の言葉だけを持って。
第3章:メレトスとの対決 ― 若者は本当に堕落したのか?
ソクラテスは一息つき、ふと前を見ました。
そして、やや間を置いてから言います。
「……では、そろそろ直接聞いてみるとしましょうか。」
彼は法廷にいる告発人の一人、詩人メレトスに向かって、
まっすぐ声を投げかけます。
「さあ、メレトス、こちらへおいで。」
ソクラテスは、法廷の場でいきなり呼びかける。
告発人の一人、詩人メレトスに向けてだ。表情は落ち着いているが、
その声は真剣だった。
ソクラテスとメレトスとの直接対決が今、始まる。
君は、私が若者を堕落させていると言う。
なら、まず聞こう。若者を堕落の反対、
“善い方向”に導くのは誰だと思う?
メレトスは答える。
「それは法律だ。」
ソクラテスは首をかしげる。
いやいや、法律は人ではないだろう、
それを若者に教える人間のことを聞いている。
さあ、誰が若者を善く導く?
メレトスはついに言う
――ここにいる裁判員(500人)だ。あなただけが若者を堕落させているのだ
と。
ソクラテスはそこで、にやりと笑ったかもしれない。
それは素晴らしい。こんなにも沢山の人が若者を良くしていて、
私ひとりが悪影響を与えていると?
そう言ってソクラテスは、馬の話を持ち出す。
馬を育てるとき、専門の調教師が必要だよね?
馬について無知な人間が集まって、良い馬を育てられると思うかい?
むしろ、馬を駄目にするんじゃないかな。
逆にいい調教師が沢山いれば馬は良くなる。
そう――若者だって同じだ。こんなにも沢山の良い調教師がいるのに、
私一人で若者を堕落させてしまうのか?
私はすごいな。
ソクラテスは、メレトスの論理の矛盾を、静かに、
だが鮮やかに突いていった。
☕️ COFFEE BREAK! ☕️
古代ギリシャの法廷って面白いですよ。
今みたいに裁判官がいるわけじゃなくて、
くじで選ばれた市民が裁判員になるそうです。
その数500人です。今の裁判員制度が6〜9人だから、
その規模の違いがすごいですね。
そして、有罪か無罪かの判断も、みんなが小さな石や貝殻を
「有罪箱」か「無罪箱」に入れるだけ。超シンプルですね。
あと、被告人が自分で「こんな罰が適当です」って提案できたそうです。
後々出てきますが、ソクラテスが要求した罰はまさかのものです。
さて本編に戻りましょうか。
第4章:ソクラテスの弁明は止まらない
メレトスのもう一つの告発は、
「ソクラテスは伝統的な神々を信じていない」
というものでした。
「おや、それは奇妙だね」
とソクラテスは笑みを浮かべながら返します。
君は私が“新しい神的なもの”を信じているとも言っている。
ならば私は、何らかの神的な存在を信じているということになる。
どうしてそれが“神を信じない”という話になるのか、
私には理解しかねるよ。
そう語りながら、ソクラテスは一つの出来事を持ち出しました
――デルフォイの神殿での神託の話です。
ソクラテスの友人が神殿で言われました。
「ソクラテスより賢い者はいない」
この神託が本当なら、それはただの誉め言葉ではありません。
ソクラテスにとって、それは「問いかけ」の始まりでした。
自分より賢い者はいない
――それが真実かどうかを確かめるため、
彼はアテナイ中の賢者と呼ばれる人々を訪ね歩いたのです。
政治家、詩人、職人……
しかし彼らは、実は「知っているつもり」なだけでした。
無知であることを自覚していない、だからこそ真実には近づけない。
私は、自分が何も知らないことを知っている。
だから、知っているつもりになっている人々よりも、
わずかに賢いのかもしれない。
それが神託の意味だったのだと、ソクラテスは気づきます。
彼にとって、「問い続けること」こそが、神に忠実であるということ。
そしてそれは、決してやめてはならない使命でした。
たとえ今すぐ釈放されるとしても、
もしその代償が“街での活動をやめること”ならば、私は断る。
なぜならこの活動は神様から言われたことだからだ。
私が問い続けることを辞めることは神の意志に背くことになる。
そう彼は断言します。そして続けます。
皆さんは、私がこのような態度では
殺されるんじゃないかと思うかもしれない。
でも、私が死を恐れていると思うなら、それは間違いです。
死とは何か、誰も知りません。それは最悪のことか、
あるいは最善のことかもしれない。知らないことを恐れるのは、
知恵があるかのように見せかけることに等しい。私がこのような対話と探求をやめるべきだと言うなら、
それは『ソクラテスよ、今回は許すから、もう哲学をするな』
と言うようなものです。
しかし私は神に命じられた使命を持っています。
『吟味されない人生は生きるに値しない』のです。
私は自分の信念を貫き、死を恐れるよりも、
悪を恐れます。
人々に問いを投げかけ、魂を揺さぶる。
それは彼が教えたかったからではなく、
ただ一緒に真実を探すためだったのです。
そして、さらにソクラテスはさらに驚くべきことを言い出します。
今から私が申し上げることに、
もしかすると怒りを覚える人もいるかもしれません。
ですが、私はただ真実を語るのみ。私が問答を重ねること、
それは、私自身のためではなく、このアテナイのため、
あなた方市民のためなのです。
少し間を置いてから、静かに、しかしはっきりとこう言いました。
私は、神様からこの都市に贈られた”ギフト”のような存在です。
この都市は、強く、豊かで、大きな馬のように立派な体格をしている。
けれども、どこか眠たげで、気だるさをまとっている。
だからこそ、私は虻(あぶ)として送られたのです。
この大きな馬の背を刺し、怠惰から目覚めさせるために。私の問いかけは、あなたたちにとっては時に不快かもしれません。
しかし、それは神が望んだ目覚ましの一撃なのです。
私を処刑するということは、神様からの贈り物を
踏みにじるようなものです。
それでも、裁判の場には冷ややかな空気が流れます。
ソクラテスは、なおも言葉を止めなかった。
私は、自分の生き方を変えることはできません。
それは私の誠実さであり、神への忠義であり、
あなたたち市民への最大の善意なのです。
第5章:一度目の判決
そしてついに、陪審員たちによる投票が行われます。
有罪か、無罪か
――その判断を、500人の市民が下すのです。
票が集計され、結果が読み上げられました。
有罪:280票。無罪:221票。
わずか59票差で、ソクラテスの「有罪」が決定しました。
その瞬間、法廷には一瞬の静寂が走ったとも言われています。
このままでは死刑ですが、
当時の裁判では、反省の態度を示すと刑が軽くなります。
もう一度ソクラテスに弁明の機会が与えられます。
第6章:死すら恐れぬ覚悟 ― それでも、信念は曲げない
死刑宣告を受けたソクラテスは、それでも動じることなく、
静かに語り続けた。
裁判官たちの多くは、もしソクラテスが少しでも迎合し、
謝罪し、頭を下げていれば、別の結末があったかもしれないと
感じていたかもしれない。
だが彼は違った。
もし、私に罰を選ばせるのなら
――では、何が私にふさわしい報いでしょうか?金銭の罰? 追放? 牢獄? それとも…? いや、それは違う。
私にふさわしいのは、罰ではない。褒美である。
国家の費用での毎日の食事、プリュタネイオンでの生活です。
プリュタネイオンは、古代アテナイの中心に位置する公共施設で、
国家の重要な賓客やオリンピックの勝者などに対して、
名誉として無料の食事が提供される場所でした。
そこに、自らがふさわしいと告げるのだ。
なぜなら、私は国家のために、日々問いかけ、目覚めさせ、
魂の世話をしてきた。
あなた方は、競技で身体を鍛える者に報いを与えるのに、
魂を鍛える者には罰を与えるのか?
皮肉とも誇りともとれるその口調に、法廷はざわつく。
しかしソクラテスは、戯れているわけではなかった。
これは誇張でも冗談でもありません。私は真剣です。
私がしてきたことは、国のため、人のため、
神の命に従ってのことなのですから。
もちろん、そんな提案が受け入れられるはずもなかった。
陪審員たちは再び投票を行い、
今度はより多くの票が「死刑」を支持した。
360票対140票。
皮肉なことに、彼が褒美を求めたことで、有罪票はさらに増えたのである。
だがそれでも、ソクラテスは静かだった。動揺も、後悔も、なかった。
第7章:ソクラテス最後の弁明
以下ソクラテスの最後の弁明である。
これが――私の最後の弁明となるのだろう。
私に足りなかったのはなんだろうか
それは、たった一つ――邪悪な心だ。
人を騙す嘘も、自分を欺くごまかしも、
私はどうしても身につけることができなかった。
悪の道を選べば、あるいは助かったのかもしれない。
けれどそれでは、私が私である意味がない。
私は正しいと信じることを語り、問うべきことを問うた。
それがこの裁判の「罪」なのだから、神々もきっと苦笑いしているだろう。
私を有罪にした人々よ、あなたがたは今日、自らの口で真理を退けた。
そしてその代償を、ゼウスの雷鳴とともに受けることになるだろう。
一方、私を無罪とした人々――君たちは真の裁判官だった。
心の目で物事を見ようとした者たちだ。君たちの中にこそ、
まだアテナイの希望がある。
私はこれから死へ向かい、君たちは生きるために去っていく。
だがどちらがより良い運命へ向かうのか
――それは誰にもわからない。
私はただ、これだけは確かに言える。
私は邪悪な心を持てなかった。
そして、それを恥じる理由は何一つとしてない。
ソクラテスの弁明は幕を閉じた。
最終章:そして現代を生きる私たちへ ― ソクラテスからの問いかけ
ソクラテスは一冊の本も書かなかった。
それでも、彼の哲学は消えることなく、
今もなお世界中で語り継がれている。
それはなぜか?
彼が遺したのは「知識」ではなく、「問い続ける姿勢」だったからだ。
吟味されない人生は、生きるに値しない。
この言葉は、2400年前のアテネだけでなく、
現代に生きる私たちにも鋭く突き刺さる。
他人の意見に流されること、空気を読むこと、
自分で考えるよりも検索することに慣れた私たち。
そんな時代だからこそ、ソクラテスの問いはますます意味を増している。
善い人生とは何か。正しい行動とは何か。
それを「自分の頭で考え続けること」、
それこそがソクラテスの遺した最大のメッセージだと、私は思う。
ソクラテスは死によって語ることをやめたのではない。
むしろその最期によって、
「信念を貫くという生き方」がどれほど力強いかを、
私たちに示してみせたのだ。
あなたにとって、「善く生きる」とは何だろうか?
その問いに向き合うとき、
ソクラテスは、静かに、しかし確かに
――あなたのそばに立っている。
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